前回は、きっかけから移住、職に就くまでの話をざっとやりました。
今回は、どちらかというと「暗部」(笑)、地方で働くことや地域との交流的な話を。
そんな訳で、なんで移住したのか?なにがきっかけ?などは前回を見ていただくとして。
はじめての地方現場
過去に(それなりに)転職経験もあり、新しい職場に対する変な気負いなどは大してない私。
どちらかというと、技術職的な業種でしたので、初日からガッツリワークな感じでしたが、今回は紛うことなき異業種。さてさて、どんな初日になるのやら?とドキドキ感ありの初出勤です。
任命式(コレ自体初体験)を済ませ、いざ業務に。
となりましたが、仕事は…
ございません
え??え??え??
今でもはっきり覚えています。
当時の上司に「何するかな~特にないから町内でも見てきたら?」と。
ということで、初日はほぼ観光です。
まぁ、そんなもんと言えばそんなもんかと今なら思いますが、当時の職場はどちらかというと大した事業も行っていませんでしたし、あっても月に一度程度の業務。
…ここまで書いて、これ以上行未について深く書くと、単なる愚痴になってしまいそうな。
ということで、地方での働くことに関して、私が気づいたことを書いていきます。
- バリバリ働きたい気持ちがあるなら、自分から仕事を作っていく
- バリバリ働きたくないなら、何も言わない
- バリバリ動けば、それなりに仲間もできる
- そして、敵もできる
- 基本的に、2~3年は仲間と認めてもらえない
- でも、その間に物事は進めやすい
- そして、5年過ぎると物事を進めるにあたり面倒なことが多発する
- それは、仲間と認めてもらったから
- でも、内容はしょうもないことが多い
というような、地方ならではの「よそ者」扱いに合うことがあるでしょう。
これって、多分のどの地域もそうなのでは?と思います。
よく外部からの人をウエルカムで受け入れる地方などの特集を見ますが、表面的な部分だと思います。これは良い意味でも悪い意味でも必要な作業かと。
先住民は「よそ者」を見定める期間として、よそ者は「先住民」が見逃してくれる間に実績作り期間として。
その結果が良いのか悪いのか?
そのあたりは私も現在進行形ですので、まだまだ「結果発表~」とはいきませんが。
そのあたりについては、またの機会に。
地域交流が大事
結果、これが一番大事です。
大阪の下町に育ち、東京で働いていた身としては、近所付き合いなんて子どもの頃の思い出しかありません。
いらんことして、近所のおばちゃんに怒られたり、おっさんにどつかれたり。
大人になると生まれ育った場所から離れ、住処に戻るのは寝るだけの時間になります。
そんな状態から、月一度は「ドブさらい」や「道路清掃」、冬になれば「除雪作業」などなど、行事目白押しの地方。
移住当初は、奥さんの実家(ハナレ)にいたこともあって、あまり参加できませんでした。義夫が気を使って、「都会モノの私は、こういうことに参加しない」と思っていたそうで、私の元にその情報が流れてきませんでした。
※今、思えば「ありがた迷惑」ってヤツですが…(笑)
そうこうしていても、徐々に地域の輪に参加することも増えてきます。
これは車を譲っていただいた、同年代のご近所の影響も大きいと思います。ご近所からの誘いがなければ、地域の運動会(!)にも参加しなかったでしょうし。
そして、今。
家を建て、イチ家主となった今は、町会にも参加しており、しっかり「清掃委員」なる役もいただきました(笑)
個人的には、色々(可能な限り)参加して、なるべく地域に馴染んでいこうと思う所存です。それでは、地域で生きていくことの私の気づきです。
- (もし)義夫等と同居する場合は、積極的に地域と交わるスタンスを打ち出していこう
- その気がなければ、義父等が健在な内はしっかり甘えていこう
- 同年代のご近所を探して、(消防等除く)個別飲み会などを開いて、適度な関係性を作っておこう
- 保育園や幼稚園でできる子どものツレの親御さんとそんな仲良くはないけど、そこ以外でも飲み仲間は作れます
- とりあえず早めに地域社会に、足突っ込んでるほうが何かと楽
以上です。
地方で働くこと、生きること
言うても、移住して8年越え、独り立ちして1年弱の私の経験則です。皆様にフィットするような偉そうなことも言えませんし、そんな立場でもない。まして、地域により風土も違うでしょう。
ただ皆様に言えることは、一度決めたのなら、とりあえず実践してみるしかないのです。そして、自分がやり易いように努力してみるのです。それでダメならやり方変える。それでもダメならやめる!
そんな気持ちでよいのでは~
ではまた。
田舎に生きる男、今里生野でした!